知多四国八十八ヶ所めぐり

2006年7月15日(土)第9回巡拝>第55番〜第64番+番外

第55番
臨済宗 雲華山 法山寺

(知多郡美浜町大字野間字田上50番地)

御本尊 御湯殿薬師如来

法の山聞くも嬉しき薬師尊 病なかれと頼め祈れよ

今年2回目、通算9回目の巡拝は約4ヶ月ぶりの7月となりました。
4月までは春祭りの準備と本番で、何も出来ない状況にありました。
5月はGWに五月晴れの上天気が4日間続きましたが、その後はぐずついた天気ばかりであった(雨9日、晴3日)

おかげで、稲への日照不足が取りざたされ、減収が心配されたほどです。
6月も同様にぐずついた天気が続いた(雨7日、晴8日)

7月は12日まで晴れた日はなく、毎日曇り空だった。また雨は1日降っただけで、湿気の多い不快な毎日であった。しかし、気温は着実に上昇している。
9日28.2℃、10日29.9℃、11日31.3℃、12日30.6℃である。

そして、13日から突然ともいえる変化が起こった。晴れてきたのです。
気温も真夏日となりました。13日34.1℃、14日35.6℃です。
14日全国で熱中症で死んだ人が3人でました。水の事故も多発した。

しかし、雨が降ることはありえません。そこで、15日土曜日に巡拝を決意しました。
ところが、15日は結果的に今年最高気温を更新した猛烈な暑さでした(35.9℃)

結果は想定外の暑さでしたが、今までの経験でしっかり準備はしました。
アイスボックスに「ペット水3本」、「ヤクルト3本」、「豆乳2個」、「羊羹2切れ」、そして、出発時間も今までより約1時間早い、8時10分とした。

出発前の緊張した一瞬です。

   

 55番札所法山寺は野間にある。そこで、南知多道路沿いのサイクリングロードで、県道72号「武豊小鈴谷線」に出る。

 

 

武豊ICを過ぎて、南小鈴ケ谷交差点から国道247号にはいる。
南進すること約7Km、目指す「法山寺」は名鉄知多新線「野間駅」の東方向にあった。
野間大坊からの東進道路を約1Km進んだところに第55番の看板とのぼりがある。黄色の看板を左折する。

   

左折すると正面にお寺が見える。多分あそこが法山寺です。左方には真っ赤な名鉄電車が走っている。
右写真の正面に見える、緑色の看板はゴルフ場「南愛知CC」への入口です。

途中、源義朝最後の地「乱橋跡」がある。この説明看板に法山寺の文言が出ている。

   
細い坂道をあがると突き当りに消えかかった小さな看板あり。
左方向>源義朝公千人塚。右方向>法山寺
左側に真っ赤な大きな花が咲いていた。名前は解りません。
まずは、弘法大師にお参りしなければなりません。
右に曲がり、薄暗い坂道を自転車を押して上ると、急に民家があり、洗濯物とマイカーがあった。

人が住んでいる証拠にホッとしました。
しかし、かなり荒れている雰囲気です。
また、ここは神様と仏様が同居しているようです。奥のほうに見えるのが大師堂です。

人の気配がありません。
奥から振り返っても、うら寂しい雰囲気です。
とにかくお参りを済ませます。
   
大師堂の前には物置と化した鐘楼がある。

納経印をいただこうと、納経所の呼び鈴を押すが、なかなか住職が出てこない。呼び鈴の下に張り紙がある。
「右の竹筒を3回叩いて呼び出してください」とある。

竹筒は直径15cmほどの立派なものです。

叩くとカーンカーンカーンと甲高い音が響きます。
しかし、何回叩いてもでてきません。

4回、5回と回数を増やしてみましたが、ダメです。
 

ガラス戸を恐る恐る開けると開きました。中には納経印があります。
勝手に押して行こうかとも思いましたが、どうしても出来ませんでした。

再び竹筒を叩いたが、音沙汰なし。これでは待っていてもしょうがない。
それではと、源義朝公千人塚を見に行き、もう一度ここに寄る事にしました。

ここで、細工を施す>ガラス戸を開けたままにしたのです。これが見事に成功しました。

   

源義朝公千人塚へは急な坂道です。
上から見るとこんな感じです。

この奥に千人塚はある。
なんとも荒れ放題でジャングルみたいです。

   

恐る恐る中に入っていきます。
暗闇の雑木林になにやら構築物があります。

由来を書いた看板があります。

墓銘碑 

   

 法山寺へ戻り、納経所を見ると、開けておいたガラス戸が閉まっている。
私の仕掛けに掛かりました(^O^) 竹筒を3回叩き、さらに納経所を開け、大きな声でごめんくださーーいと叫んだ。

   
中から、痩せた女が出てきた。先ほどから何度も、指示されている呼び出しをしているのに、出てこないというのはどういうことですか?と、苦情をいう。
女はそれには答えず、黙々と納経印を押して、私に差し出す。大師堂前で記念写真を撮って失礼した。

 

それにしてもここは荒れていた。巡拝者に対する心遣いも最低だ。
こんなところは知多四国霊場から外すべきである。ここに強く要求する。

次は56番札所「瑞境寺」です。

知多四国トップページに戻る